category: 愛媛
DATE : 2009/03/01 (Sun)
DATE : 2009/03/01 (Sun)
今年も、原爆症認定訴訟の原告、井上サチ子さん(75)と夫の定雄さん(81)=松山市山越2=にとって忘れることができない日がやってきた。今月23日の皇太子さまの49歳の誕生日。夫妻にとっては、生まれてくるはずの女の子を失った命日だ。
流産や早産を繰り返した後の5回目の妊娠で、期待が膨らんでいた49年前の同日。急な破水で母体への危険が高まり、夫妻は死産を選ばざるを得なかった。サチ子さんは、産声を上げることのなかったわが子を一晩中隣に置き、涙を流した。「口を開けて、おめめを開けて……」と言い続けたという。翌日の新聞を見ると、皇太子さまの誕生を祝う記事が出ていた。
今月23日、デイサービスに通っていたサチ子さんの頭の中に当時の記憶がよみがえった。「生まれる寸前までお腹の中で動きよったんですよ。あの時のことを思い出すとね、涙が出そうだった」
一緒に広島で原爆に遭った母が直後から寝たきり状態になり、姉を翌年に亡くしたサチ子さんは、小さなころから幼い弟の面倒を見たり、家事をしてきた。結婚後も大家族だったため、せわしく動き回る毎日だった。それが、現在は体が思うように動かず、家事もままならない。「はがい(歯がゆい)んよ。子どもが1人でもおったらなあ……」とつぶやく。
外出する際の介助や、昔はほとんどサチ子さんに任せっきりだった家事の手伝いなどをしている定雄さんも、体の衰えを感じ始めている。昨年末に、ひざの裏が突然痛み出したのだ。歩こうと体重をかけると痛みがひどくなり、今は週に1回病院で注射による治療を続けている。「若いつもりでおったけど、動けんようになったらどうしようか」。そんな不安もよぎるようになった。
「もうちょっと2人で頑張ろうや」と、トイレや浴室などの設備が以前よりも整った賃貸住宅に昨年9月に引っ越した2人。だが、サチ子さんは自由でない体でデイサービスの前に家事をし、帰っては使ったタオルの洗濯などに追われる生活を苦痛に感じることも少なくない。それに「私がおらん時に(定雄さんに)何かあったらいけん」と気にかかるという。「やっぱりケアホームに入った方がいいんじゃないか」。再びそう悩み始めている
流産や早産を繰り返した後の5回目の妊娠で、期待が膨らんでいた49年前の同日。急な破水で母体への危険が高まり、夫妻は死産を選ばざるを得なかった。サチ子さんは、産声を上げることのなかったわが子を一晩中隣に置き、涙を流した。「口を開けて、おめめを開けて……」と言い続けたという。翌日の新聞を見ると、皇太子さまの誕生を祝う記事が出ていた。
今月23日、デイサービスに通っていたサチ子さんの頭の中に当時の記憶がよみがえった。「生まれる寸前までお腹の中で動きよったんですよ。あの時のことを思い出すとね、涙が出そうだった」
一緒に広島で原爆に遭った母が直後から寝たきり状態になり、姉を翌年に亡くしたサチ子さんは、小さなころから幼い弟の面倒を見たり、家事をしてきた。結婚後も大家族だったため、せわしく動き回る毎日だった。それが、現在は体が思うように動かず、家事もままならない。「はがい(歯がゆい)んよ。子どもが1人でもおったらなあ……」とつぶやく。
外出する際の介助や、昔はほとんどサチ子さんに任せっきりだった家事の手伝いなどをしている定雄さんも、体の衰えを感じ始めている。昨年末に、ひざの裏が突然痛み出したのだ。歩こうと体重をかけると痛みがひどくなり、今は週に1回病院で注射による治療を続けている。「若いつもりでおったけど、動けんようになったらどうしようか」。そんな不安もよぎるようになった。
「もうちょっと2人で頑張ろうや」と、トイレや浴室などの設備が以前よりも整った賃貸住宅に昨年9月に引っ越した2人。だが、サチ子さんは自由でない体でデイサービスの前に家事をし、帰っては使ったタオルの洗濯などに追われる生活を苦痛に感じることも少なくない。それに「私がおらん時に(定雄さんに)何かあったらいけん」と気にかかるという。「やっぱりケアホームに入った方がいいんじゃないか」。再びそう悩み始めている
PR
●この記事にコメントする
忍者ブログ [PR]